ハワイ諸島創造の伝承 パパとワケア / Papahanaumoku a Wakea

Aloha mai,
 今日のブログは、ハワイの島々の創造について伝えているチャントをご紹介します。

ハワイでは、創造の神として、女神(パパ、フルネームは、パパハナウモク/Papahanaumoku)と男神(ワケア/Wakea)が一緒になり女神であるPapaがハワイ諸島を産んだとのチャントが伝わっています。 詳細は、下に記しますが、我々日本人には古事記にでてくる”国産み”の伝説に似ていて親しみ易いかと思います。

山頂に雪を纏ったマウナケアにかかる夕月

 特に、女神の名前、Papahanaumokuの意味を見てみると、とても興味深い事実が浮かび上がります。
 Papahanaumokuを分解すると、Papa-hānau- mokuの3つの単語に分かれますが、Papaは平らな板(平らなモノは、ハワイにおいて女性を表すシンボルで、一方直立しているモノは、男性を表すシンボルです。)、hānauは、出産する。そして、mokuとは、島という意味になります。
 ですので、papahanaumokuを訳すと、島を産んだ女性という意味。
今日ではカウアイ島やニイハウ島よりも北西にある島々の名前が、papahanaumoku諸島と呼ばれています。もう一方のWakeaは、ハワイ諸島の中で最も高い山、ハワイ島の北にあるマウナケア/Maunakeaにその一部の名前が残っています。マウナケアの古い名前は、mauna-a- wakeaと呼ばれていたそうです。この名前も分解してみると、マウナ/mauna は山という意味。ア/aは英語の”of”で ”〜の”という意味、最後のワケア/Wakeaは創造の男神Wakeaのことを指しています。マウナケアは、”
ワケアの山”と訳されることからも分る様に、ハワイで最上級の神 アクア/Akuaに最も近い場所である、ハワイで最も神聖な場所の一つであると考えられています。
 そして、南太平洋の島々から新たなる定住の土地を求めて、何十日も太平洋を航海してきた初期の移住者であるポリネシアンたちが最初に目にしたのは、ハワイ島にそびえる4000m級の山マウナロア、マウナケアの山頂だと考えられています。
 その南太平洋ポリネシアからハワイ諸島への移民は、大きく分けて二つのタイミングに分かれていたと現在は学者たちの間で考えられています。最初のタイミングは、ヌクヒバ島、ヒバオア島に代表されるマルケサス諸島からの移民。そしてその次にタヒチ島、ボラボラ島などが点在するソサエティー諸島からの集団です。
 ここに紹介するのは、ハワイ諸島に最初に移住してきたマルケサス諸島系の人々が、居住地を東のハワイ島から西の島々へ拡大していった歴史が語られていると考えられているチャントです。
Mele kumu honua
ʻO Wākea noho iā Papahānaumoku
Hānau ʻo Hawaiʻi, he moku
Hānau ʻo Maui, he moku
Hoʻi hou o Wākea noho iā Hoʻohōkūkalani
Hānau ʻo Molokaʻi, he moku
Hānau ʻo Lānaʻikaula, he moku
Liliʻōpūpunaluʻa o Papa iā Hoʻohākūkalani
Hoʻi hou o Papa noho iā Wākea
Hānau ʻo Oʻahu, he moku
Hānau ʻo Kauaʻi, he moku
Hānau ʻo Niʻihau, he moku
He ʻula aʻo Kahoʻolawe
(日本語訳)
ワケアとパパが、一緒に住んでいた。
ハワイ島が産まれた。
 マウイ島が産まれた。
 ワケアは、パパの元を離れホオホクカラニ(*1)と一緒に住むようになった。
 モロカイ島が産まれた。
 ラナイカウラ島(*2)が産まれた。
 パパが、ホーホクカラニとの関係に嫉妬した。
 パパが戻り、ワケアとまた一緒に住む様になった。
 オアフ島が産まれた。
 カウアイ島が産まれた。
 ニイハウ島が産まれた。
 カホオラベ島の赤い雲
(*1):ホオホクカラニはワケアの娘
(*2):ラナイカウラは、ラナイ島の旧名 直訳すると赤いラナイ島となります。
ハワイには、このチャントの他に、宇宙創造神話であるクムリポや、ペレの移住の伝説なども伝わっていますが、これら神話の意味を学術的に学ぶととても興味深いポリネシアの他の島々と関係が見えてきます。
クムリポやペレの移住の話は、また別途ブログに書きますね。